病院経営の危機を乗り越える：2026年度診療報酬改定の焦点
現在の日本において、多くの病院が経営難に直面しています。特に、物価や人件費の急騰は、医療機関の財政を大きく圧迫しており、持続可能な医療提供体制の維持が危ぶまれる状況です。このような背景の中、2026年度の診療報酬改定は、日本の病院経営にとって極めて重要な転換点となることが予想されています。
本記事では、現在の病院経営が置かれている厳しい状況を深く掘り下げ、2026年度の診療報酬改定で日本病院団体協議会がどのような具体的な要望を掲げているのかを詳しく解説します。特に、病院収益の柱である入院基本料の見直し、医療DX（デジタルトランスフォーメーション）の推進、そして薬剤師業務の適切な評価の必要性に焦点を当て、これらの対策が日本の医療の未来にどのように貢献するのかを考察していきます。
この記事を通じて、日本の医療現場が抱える課題と、それに対する具体的な解決策への理解を深めていただければ幸いです。
1. 現在の病院経営状況：物価・人件費高騰が直撃
昨今の日本の病院経営は、物価や人件費の急騰により危機に瀕しています。特に、新型コロナウイルス感染症のパンデミック以降、医療資材や光熱費の高騰が続き、さらに医療従事者の処遇改善に向けた人件費の上昇も相まって、多くの病院が経営を圧迫されています。
収益の柱「入院基本料」の課題
多くの病院では、入院基本料が収益の柱となっています。しかし、この基本料の現状にはいくつかの深刻な課題があります。長年、増税や賃金上昇による補填分を除けば、入院基本料は据え置きが続いており、急激な物価変動に対応できていないのが現状です。
例えば、2024年度の診療報酬改定では、賃上げや物価高騰への対応として、一定の引き上げが行われましたが、その効果は限定的であるとの声が多数上がっています。特に、エネルギー価格や原材料価格の高騰は、病院経営に直接的な打撃を与えています。一般企業であれば価格転嫁が可能ですが、医療機関は診療報酬という公定価格でサービスを提供するため、自由な価格設定ができません。この点が、病院経営を一層困難にしています。
地域病院の赤字経営深刻化
こうした中、日本病院団体協議会が行った調査によって、地域病院の多くが経営危機にあることが明らかになりました。本調査によれば、2024年度の診療報酬改定前後で、赤字を抱える病院の割合は増加の一途をたどっており、特に経常赤字病院の割合が著しく増えています。具体的には、コロナ禍で一旦改善した経営状況が、物価高騰と人件費上昇により再び悪化している実態が浮き彫りになっています。
参考：GemMed：物価・人件費等の急騰で病院経営は危機、入院基本料の引き上げ・消費税補填点数の引き上げ・ベースアップ評価料の見直しなど必要—日病
病院経営の持続性を確保するためには、診療報酬の引き上げによるコスト増分の補填が急務です。日本病院団体は、2026年度の診療報酬改定に際し、入院基本料の大幅な引き上げや消費税補填点数の改正、さらには医療DXの導入支援や薬剤師業務の評価向上など、多岐にわたる要望を掲げています。これにより、安定した医療提供体制を維持し、病院経営の危機を乗り越えるための具体策が求められます。
国民が安心して医療を受けられる体制を維持するためには、病院経営の安定が不可欠です。診療報酬の見直しは、単に病院の利益を増やすだけでなく、質の高い医療サービスを将来にわたって提供し続けるための投資と捉えるべきでしょう。
2. 2026年度診療報酬改定の要望ポイント：経営改善への具体策
病院経営の危機が深まる中、2026年度の診療報酬改定に対する様々な要望が寄せられています。特に注目されているのが、入院基本料や消費税補填点数、ベースアップ評価料の見直しです。これらの項目は、病院の収益構造に直接影響を与えるため、経営改善には不可欠な要素となります。
入院基本料の引き上げ：病院収益の基盤強化
まず、入院基本料の引き上げについてですが、病院収益の大部分を占めるこの基本料は、2006年度の設立以来、大きく変わっていないのが現状です。この間の物価上昇や人件費の増加を考慮すると、現状の基本料では病院の運営コストを賄いきれていません。例えば、病棟を維持するための光熱費、医療材料費、そして看護師やその他の医療スタッフの人件費は年々増加しています。これらのコスト増に耐えうるよう、入院基本料の大幅な引き上げは必要不可欠です。
入院基本料の適切な評価は、病院が安定した経営を行い、質の高い医療サービスを継続的に提供するための基盤となります。特に、地域医療を支える中小規模の病院にとっては、経営の生命線とも言えるでしょう。
消費税補填点数の引き上げ：不合理な逆ザヤ状態の解消
また、消費税補填点数の引き上げも重要なポイントです。現行では補填率が100％を超えているとされますが、実際には物価上昇分が補填されていないという問題があります。医療機関が仕入れる医療機器や医薬品、消耗品などには消費税が課されますが、診療報酬には消費税が含まれていないため、医療機関は実質的に消費税を負担していることになります。これは「逆ザヤ」と呼ばれる状態であり、特に高額な医療機器の購入や大規模な設備投資を行う病院にとっては、大きな負担となっています。
これに対処するため、消費税負担に見合った補填点数の適切な引き上げが望まれます。この見直しは、病院が新しい医療技術や機器を導入し、医療の質を向上させるための投資を可能にする上でも重要です。
ベースアップ評価料の見直し：公平な賃上げの実現
ベースアップ評価料に関しても課題が山積しています。現行の評価料は、支払いの対象となる職種が限定されているため、すべての医療スタッフの貢献が十分に評価されていません。例えば、事務職や清掃員、栄養士など、医療現場を支える多くの職種の賃上げに繋がりにくい構造となっています。
加えて、患者数によって収入が大きく変動する現行の評価方法も見直す必要があります。安定的な賃上げを実現するためには、患者数に左右されない、より公平で継続的な評価方法が求められます。医療現場で働くすべてのスタッフが安心して働き、質の高い医療を提供できる環境を整えるためには、このベースアップ評価料の抜本的な見直しが不可欠です。
これらの点を鑑みると、診療報酬の見直しは避けられません。持続可能な医療提供を維持するためには、しっかりとした対策が必須です。それぞれの要望が具体的に反映されることを期待しています。
3. 医療DXの推進：効率化と質の向上を目指して
医療のデジタルトランスフォーメーション（DX）は、業務効率化や医療の質の向上を実現するための重要な手段です。特に、日本の医療現場では、少子高齢化による医療需要の増大と医療従事者不足という二重の課題に直面しており、DXの推進は喫緊の課題となっています。
電子カルテ導入と運用支援の重要性
その中でも、電子カルテの導入と運用支援は特に重要です。電子カルテは、患者情報を適切に管理し、医療スタッフが必要な情報に迅速にアクセスできるようにすることで、診療の質を向上させます。これにより、医師や看護師が患者の状態を正確に把握し、より適切な診断や治療計画を立てることが可能になります。
また、紙ベースのカルテと比べて保管スペースを削減でき、ペーパーレス化によるコスト削減にも繋がります。さらに、情報の共有が容易になることで、複数の医療機関や診療科間での連携がスムーズになり、患者中心のシームレスな医療提供体制の構築に貢献します。
業務効率化と個別化医療の可能性
DXの推進により、業務の効率化も大きく期待できます。例えば、オンライン予約管理システムの導入や、患者の診療記録の共有化により、医療機関内での情報の流れがスムーズになり、医療スタッフの事務作業の負担も軽減されます。これにより、医療従事者は本来の業務である患者ケアにより多くの時間を割くことができるようになります。
さらに、医療データの活用により、患者の症状や治療の傾向を分析し、個別化医療の提供が可能になります。AIを活用した画像診断支援や、ゲノム情報に基づいた治療法の選択など、データ駆動型医療への移行は、患者にとって最適な治療を提供するための道を拓きます。
DX推進に伴う診療報酬評価の見直し
しかし、DXの普及には高額な費用がかかることが多く、これを実行するためには、行政からの資金的サポートが求められます。電子カルテや電子処方箋、救急医療情報システム、オンライン資格確認システムなど、新しい技術の導入には初期投資だけでなく、運用にも継続的な費用がかかります。
これに対する診療報酬上の評価が適切に行われることで、医療機関が安定してDXを進めることができるのです。例えば、電子カルテ導入に対する加算や、情報連携の促進に対する評価など、具体的なインセンティブを設けることが重要です。これにより、医療機関は積極的にDXに取り組むことができ、結果として日本の医療全体の質の向上と効率化に繋がります。
4. 薬剤師業務の充実：多職種連携と薬学的ケアの強化
医師の働き方改革が進む中で、医療現場における薬剤師の役割がますます重要になってきています。医師の過労を減らし、質の高い医療を提供するためには、薬剤師が薬物治療や薬学的ケアに積極的に関わることが求められています。そのため、薬剤師業務が診療報酬に十分反映されることが極めて重要です。
薬剤師の役割の拡大と重要性
まず、薬剤師が現場でどのような役割を果たしているのかを把握することが大切です。薬剤師は、単に薬を調剤するだけでなく、医師と協力しながら患者に最適な薬物療法を提供する重要な役割を担っています。
- 薬の副作用や相互作用の管理：患者の病状や併用薬を考慮し、薬の副作用や相互作用を未然に防ぐための専門的な知識を提供しています。これにより、患者が安全に治療を受けることができるのです。
- 薬学的管理指導：入院中の患者に対して、ベッドサイドで薬の説明を行ったり、服薬状況を確認したりすることで、服薬アドヒアランスの向上に貢献しています。
- 多職種連携への貢献：医師、看護師、その他の医療従事者と連携し、チーム医療の一員として、患者の治療方針決定に参画しています。
- プロトコールに基づく薬物治療管理（PBPM）：医師との合意に基づき、薬剤師が薬物治療の一部を主体的に管理する取り組みも進められています。これにより、医師の負担軽減と医療の質の向上が期待されます。
しかし、現状ではその重要性が診療報酬に十分反映されているとは言い難い状況です。このため、薬剤師が提供する高度な専門業務に対する評価が不十分であり、モチベーションの維持や人材確保にも影響を及ぼす可能性があります。
診療報酬における薬剤師業務の評価向上
診療報酬においては、薬剤師業務も患者の治療に直接寄与していることを踏まえ、適切な評価を受ける必要があります。具体的には、薬剤師がプロトコールに基づき薬物治療管理（PBPM）を行った際に加算が可能になるよう、診療報酬の見直しを行うことが求められます。これにより、薬剤師がより積極的に患者の薬物治療に関与できるようになります。
また、薬剤師が行う薬学的ケアがどれほど患者に利益をもたらしているかを、定量的に評価する仕組みの導入も考慮すべきです。例えば、薬剤師の介入によって入院期間が短縮された事例や、副作用の発現が抑制された事例などを評価に繋げることで、その価値をより明確にすることができます。
薬剤師の業務が増大している現在、限られた資源の中でどのように薬剤師の業務を効率化し、かつその価値を診療報酬に反映させていくのかが課題となっています。薬剤師の役割が変わりつつある今、適切な報酬体系の確立が必要です。そのため、多職種連携による医療提供の中で、薬剤師が果たす役割の重要性を認識し、さらに診療報酬改定を通じてその業務を充実させることが求められています。
5. まとめ：持続可能な医療提供体制の確立へ
現在、日本では病院経営が危機的な状況にあります。特に物価や人件費の急騰により、多くの病院が経済的に圧迫されています。病院の安定した運営を確保し、国民が安心して医療を受けられる体制を維持するためには、2026年度診療報酬改定が極めて重要です。
日本病院団体協議会は、2026年度の診療報酬改定に向けた具体的な対策案を提案しています。これには、病院収益の基盤となる入院基本料の引き上げや、医療機関の負担となっている消費税補填点数の改正、そして医療従事者のモチベーション維持と公平な賃上げを実現するためのベースアップ評価料の見直しなどが含まれます。これらの施策により、医療収益の安定化を図り、病院経営の健全化を促進する必要があります。
また、今後の医療の効率化と質の向上のためには、医療DXの推進が欠かせません。電子カルテの普及や情報連携システムの導入は、医療現場の業務効率を大幅に改善し、患者へのより質の高い医療提供を可能にします。これらDX推進にかかる費用に対する適切な診療報酬上の評価が求められます。
さらに、医師の働き方改革が進む中で、薬剤師業務の評価を充実させることも不可欠です。薬剤師が薬物治療の専門家として、より高度な薬学的ケアを提供できるよう、その貢献が診療報酬に適切に反映されるべきです。
今後の診療報酬改定に注目が集まる中、これらの提案を実現することによって、病院は現在の経営危機を乗り越えられるでしょう。患者さんに質の高い医療を提供し続けるためには、こうした総合的な対策の実施が不可欠です。今後、政府と医療機関が一丸となって、より良い医療環境を築いていけるよう、私たち一人ひとりが注視し、支援していく必要があります。
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